多数決の原理は、本当に民主主義の大原則なのか?
発刊日:2021年4月12日
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日本の法人たる株式会社では、株主総会の過半数をもって取締役が就任される。
正確には、定款による特別な定めを除き、議決権の過半数を超える株主の出席による総会~の決議となる。
日本の商法が定めた、会社の総意を決定する多数決の原理である。
同じく、国家の運営に係る政府の要人たる政治家の選出も、この選挙たる多数決の原理で人選を決す。
全国区、中選挙区、小選挙区の何れの選挙区であろうが、その有権者からの得票数が多い順番で政治家を選ぶ。
民主主義の基本が多数決原理であることの所以であり、始まりでもあった。
香港に始まり、ミャンマーで暴発した軍事的クーデター、
内政干渉にも成りかねないので自重するが、完全な全体主義の出動である。
1936年2月26日国内でも体制打破のクーデターが起こった、歴史に残る2.26事件である。
ミャンマーでの発動は、現政権の軍部が政府主導のもと行った治安活動であったが、
日本の2.26事件は、陸軍の一部将校たちが主導した完全な軍事クーデターであった。
香港やミャンマーがともに政府主導であったことを踏まえると
果たして、ニュース配信されている軍事クーデターという言葉の表現は正しいものか?
近年、フィリピンなどでも体制の返還を訴える国民運動と現政権との民主的クーデターが勃発してきた。
■全体主義を民主主義で、果たして転換できるのか?
軍隊を政治が統治するシビリアンコントロールという言葉があります。
これは、民主主義を表明する国家において、政治トップによる軍隊の統治権である。
このシビリアンコントロールなき中国やミャンマーは、軍部が即発で実力行使して、国民を弾圧した。
香港でもミャンマーでも全体主義の国では、民主主義的な運動は全て鎮圧されてしまう。
昭和の一時期、国内でも学生運動が盛んな時期に治安出動の要請で軍部が緊迫する時期もあった。
当時は、内政の鎮圧に自衛隊が出動せず、警察により全学生運動を鎮圧し、国家の治安維持を守った。
■全体主義をとるか、民主主義をとるか
戦後の1946年、菊と刀という書籍が発行された。
当時の占領政策の国勢調査を行ていたアメリカ人が書いた日本文化の紹介本であった。
その昔、日本の侍は戦の最中、戦う敵を決して憎まず、兵法に基づいて、最後まで戦った。
例え、命がけで戦う敵国の相手であっても、相手を尊重し、敗戦した相手に対しても、礼節を重んじた。
日本人は昔から、戦争すら美学をもって戦い、文武両道で茶道や華道などの芸術的な世界にも傾倒した。
この書籍を書いたのは、米国籍の人類文学者である女性のルースベネクトである。
日本料理で使用するのも「刀」であり、その料理に季節の彩を付ける「菊」も使われている。
日本の文化は、刀を「人切包丁」とせず、国宝にまで日本刀を昇華させた固有の文化である。
全体主義をとるか民主主義をとるか、国家と国民の選択であり、決意でもある。
近代化した明治の時代「胸襟を開き万機公論に決すべし」という五箇条の御誓文があった。
投票による多数決ではなく、少数派も尊重し、公の大義に基づく結論を導くという、政治の決議方法である。
この万機公論というのは、社会と対局する個人との協調であり、全体主義の独裁とは全く根本が違う。
ここから、日本の資本主義や民主主義が始まった。
素晴らしき、誠に良き、日本の文化であった。
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